三本和彦氏のご逝去に寄せて

【訃報】三本和彦氏がご逝去されました(ベストカーWeb)

 

画像は録画してあった1992年1月頃のテレビ神奈川「新車情報」マツダMX-6の回より。

ジャーナリストの三本和彦氏が7/16日早朝に老衰のため亡くなったことが分かったそうです。享年91歳。

現役自体は若干太っていらしたのでいずれ病気になるのだろうと思っていましたが、驚いたことに死因は老衰。ここ10年くらいで枯れるように体重を落とされているように見えました。あれが意図したものか自然なものなのかは分かりませんが、老衰で91歳というのはかなり立派なものです。私も最近、特にストイックなことをせずに体重が1年で7kg減ったので、変な病気でなければこれが歳を取るってことなんだろうなぁと捉えつつ、念頭にあったのは三本さんの痩せてゆく姿でした。

三本さんに親近感を抱くのは、なんとなく私の父と似ているからではないかと思っています。(余談ですが桑田佳祐さんにも父っぽさを感じることもあります(笑)ひょうきんなところとか。)しかし痩せた後の姿は私の母の兄弟ともそっくりで、そういうところがさらに他人とは思えない感を出していたのだろうと考えています。

 

メーカーに対する「不躾な質問」で有名なテレビ神奈川「新車情報」が氏の顔を広く知らしめた番組だと思っていますが(UHFネットワークで全国のいくつかの地域で放送されていたはずです)、まだこの頃は「メーカーは悪」みたいな風潮があって、三本さんがメーカー担当者をバッサバッサ斬っていく姿が「痛快」と評されたものです。このスタイルも現代では通用しないものでしょう。今やメーカー側も情報の発信手段を持っていって一方的な言われっぱなしではありませんし、視聴者もTwitterなどの発信手段を持っていますから、三本さんのようなブレない自分の考えをグイグイ押しつける人は活動しにくい時代になったろうと思います。現に、新車情報の後番組「クルマで行こう」の岡崎五朗氏はとても方々に気を遣って発言されていることが分かります。見ていて面白くはありませんが時代の要請でしょう。視聴者側から見ていて面白い人って、業界側から見ると単なる面倒くさい人なので、長期的には業界で生き残れません。

そんな自分の考えを押し出す三本さんですから、最後は番組の方針を巡ってテレビ神奈川側幹部とケンカ、それが番組終了のトリガーになったと記憶しています。テレビ神奈川の新社屋における新車情報のスタジオのあり方が原因で、新社屋建設時にこの番組のことをあまり考慮してくれなかったことで、心が折れたようです。テレビ神奈川の名を世に知らしめた番組でその扱いは、ひとえにテレビ神奈川側幹部の傲慢と言えるでしょう。

 

「パワーというのは麻薬のようなものでして」…という名台詞は、私が入っていた大学の学生寮の仲間内で「ネタ」として使っていました。「(安全性の観点から)若者にはバイクではなく4輪に乗って欲しい」というセリフは私にバイクの本質的な危険性を認識させ、私がバイクを買わなかった理由の1つでもありました(これはもしかすると人生の楽しみを1つ失ったのかも知れません)。

私も乗っていた8P型Audi A3 Sportbackで、ハッチバックの内側が全面把手になっていることを優れた設計だとべた褒めされていました。一方で、VW/AudiグループのDSGトランスミッションをもって「こういうのは日本が得意だったはず、なぜこのメカが日本から出てこなかったのかが惜しい」と評されていましたが、その後DSGが日本を含む世界の過酷な環境下で大規模リコールを起こし、ライバル他社が軒並みDSG類似方式のトランスミッションから撤退した事実は、個人ジャーナリストの限界を感じずにはいられませんでした。

なんかこれ自体がむちゃくちゃ不躾なエントリになってしまいましたが、三本さんだから許してください(笑)。

三本さん、さまざまな観点を提示して頂いて勉強になりました。ありがとうございました。

 
 

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