電話ボックス

小さい頃、信号機の押しボタンにときめいていた。誰でも押して良い電気的なボタンが、公共の場所にあり、押した結果、自分の背丈の何倍もあるような信号機が作動し、そして道行くクルマの流れが止まる。そのシチュエーションに萌えた。自宅から5km先、かかりつけ医の前にあるその信号機の押しボタンは、私の生活圏で唯一の押しボタン式信号機だった。

さっき、電話ボックスを見かけた。見た瞬間、子供の頃初めて押しボタン式信号機を見たときに近い感覚が蘇った。今や電話ボックスはローテクの象徴ではあるが、よく考えれば誰でも使っていいこれだけの装置が、しかも透明な箱に入って街角に置いてあるというのは、すごく文化的である。いや、携帯電話が普及した今では文化的とは言えないのかも知れないが、少なくとも誰かが部品取りしたり無闇矢鱈に破壊したりしないという点ではきわめて文化的だ。



しかしよく考えれば、これだけ狭い丸見えの箱の中に閉じこもって会話に夢中になるというのは、あるいみ危険な行為でもある。もし狙われていたら、間違いなく命が奪われるところである。周りから丸見えの場所で身動きが取れなくなるなんて今では考えられない。とはいえボックスを不透明にする訳にもいかないだろう。公序良俗上の問題が生まれる。

おそらく電話ボックスは間もなく見かけなくなるだろう。使ったことがないという子供たちも今ですら随分いるだろう。そしていずれ子供たちに話す日が来る。「昔は街角に電話機が入った透明な箱があってな、その透明な箱に人間も入って電話をしたのだ…。」

そう考えると、電話ボックスに目が釘付けになった。そして右手に持ったカメラで、今すぐ街角に透明な箱が置いてある情景を記録しなければと思った。

EF 50mm F1.4 USM + EOS 5D Mark III

「電話ボックス」への2件のフィードバック

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