映画:PERFECT DAYS … おじさんに刺さる、おじさんの映画

映画「PERFECT DAYS」を観てきました。

トイレ掃除のおじさんの毎日を描く、ただそれだけの映画。そして主演の役所広司がまさかここまで喋らないとは。「モノローグのない井之頭五郎(松重豊)」という評がありましたが、言い得て妙だと思いました。

何とも不思議な映画です。役所広司演じる平山は架空の人物でありながらも、映画はドキュメンタリー風の体裁をとっています。架空の世界をドキュメンタリーで見せられているのです。

しかしこの平山の職場となる渋谷の「The Tokyo Toilet」( TTT )トイレ群は架空の存在ではなく、ユニクロの柳井正氏の息子、柳井康治氏が発案・資金提供して運営されているプロジェクト。家のトイレは毎日掃除しなくても汚れないのに、公衆トイレはなぜ毎日掃除しないと汚くなるのか。そこにアートの力を用いることで、人の行動変容…人が変わってゆくことを目指すプロジェクトです。(やってることがニュータイプ養成じゃないですか!)

本来この映画は3分程度のプロモーションビデオだったようなのですが、ドイツの名匠、ヴィム・ヴェンダース監督と役所広司の化学反応で、1本の映画になるまで話が膨らみました。

映画はとにかく平山のトイレ清掃員としての平凡な毎日の繰り返しを描きますが、そこに時々、少しばかりの変化があります。この映画では「木」と「木漏れ日」が重要な意味を持ちますが、平山が木だとすれば、平山に関わる人たちは同じ木からでも一時として同じ木漏れ日を作らない、風のような木を揺らす存在。

平山が何者か詳しく描かれることはありませんが、状況から推察されるに、かなり経済的に成功している家系から飛び出した人のようです。一般的な価値観からすれば経済的に成功している家系にいた方が「パーフェクトな日々」を送れると思いますが、平山はあえてそうではない「パーフェクト」を見つけて暮らしているようです。

その生活は、近所の掃き箒の音で目を覚まし、朝ご飯は家の前の自販機で缶コーヒーのBOSS1本、仕事に向かう軽のワンボックスで聴く古いカセットテープがお気に入り。トイレ掃除の仕事の合間に昼はローソンのサンドイッチと牛乳、木漏れ日の美しさにオリンパスのフィルムコンパクトカメラを向け、夜は行きつけの居酒屋で軽く一杯。スマホやテレビがない生活で、古書店の100円コーナーにある文庫本を1冊買い求め、寝る前に少し読み、何日かで読み終えたらまた次の1冊を買う…という慎ましい生活。週末にはママのいる居酒屋に顔を出すのがちょっとした贅沢。

トイレの掃除中に迷子の子供を見つけ、手を引いて親を探しますが、見つかった親はお礼も言わず、平山につかまれていた子供の手をすかさず除菌ウエットティッシュで拭きます。それが世間一般のトイレ清掃員に対する目でしょう。ですが平山は嫌な顔をせず、笑顔で去って行く子供に小さく手を振ります。そういった小さな幸せが彼にとってのパーフェクトなのです。

「この世界は本当は沢山の世界がある。繋がっているように見えても繋がっていない世界がある」これは数少ない平山のセリフですが、彼は自分の生きる世界の他に世の中にはたくさんの世界があることを知っています。そして自分がいる世界は世間平均から見れば透明に見えてしまうことも知っています。それを知った上でその生き方をあえて選んでいる風なところに、平山の歩んできた人生が垣間見えます。

ラストシーン、平山の大写しの長回しカットがあります。それがまた圧巻なのですが、人生に一段落してしまったおじさんの心を揺さぶります。ああ、こういうの、あるよね…という共感がハンパなく、映画を観る前は買うつもりがなかったパンフレットを買ってしまったほどです。なおパンフレットは表紙をめくったところから薄紙で「木漏れ日」が表現されていて、とても素敵な作りでした。

ヴィム・ヴェンダース監督という外人視点で描く東京は妙に解像度が高く、それは本当に平山が実在する人物のように描き切れているからこその解像感だと思います。

ところで平山の週末のちょっとした贅沢、居酒屋のママが石川さゆりだったのはすぐ分かりましたが、ギターを弾き出す常連客があがた森魚だったのは気がつきませんでした。あがた森魚のギターで歌う石川さゆりなんて、この映画以外では観られないんじゃないですかね…。

 

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